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 散々な目に遭った!
 午後五時半である。生徒会からようやく解放された髭右近は不機嫌な顔で校門を出た。普段は六限目が終わるとすぐに学校を出るため、こんな時間にまだ学校にいること自体が不愉快だ。
 なかなか解放されなかったのは自分の能力が危険視されたからだが、仕方なく能力についての秘密を白状したところやっと帰宅許可が出た。坊主頭のほうはそれでもまだ信用し切れていないようだったが、これ以上自分を引き留めたところでどうにもならないだろうに。二十四時間監視下に置くつもりなのだか。
 髭右近は【秘密】の残片を手のひらに出し、ぼんやりと見つめた。フィルム状の薬。ゴスロリ風の格好をした少女から手渡された、異能を強化する薬だ。効き目は抜群だった。残数はゼロ。これで髭右近は今までと同じ、他人の精神に微妙に干渉できるだけのしょっぱい星憑きだ。
「最後に生徒会長を操れて楽しかったかなっ、ひひ」
 口元を押さえてこみ上げる笑いをこらえたが、漏れてしまった。誤算は眼鏡と、瞬間移動の能力持ち。それから、武藤。あれは何なんだ。
 百面相をしながら地下道を歩いていると、前からひたひたと足音が近付いてきた。他人の顔を見るのが苦手な髭右近は元々俯きがちな視線をさらに下に落とし、道の端に寄る。しかし、その視界に黒色のローカットスニーカーが入り込んできた。前から歩いてきた人間が通せんぼうをするように立っているのだ。さすがに顔を上げた髭右近の目に飛び込んできたのは、紙袋で素顔を隠した、上下揃いのトラックジャージに身を包んだ人間だった。体格的には男に見える。
 なんにせよ、紛うことなき不審者だ。
「わ、わ、ごめんなさい」
 とりあえず謝罪した髭右近はゆっくりと後ずさりをしてから、脱兎のごとく逃げ出した。明らかに自分を狙っている不審者だ。強化した異能はもう使えないし、そもそも目を隠されていたら能力が発動させられない。
 地下道は学校から駅までの近道だが、暗く人通りも少ないため小さな犯罪が起こっていることもあって、利用者は少ない。しかし地上に出れば誰かしらに助けを求めることが出来るはずだ。階段を駆け上ろうと、一段目にかけた足は何かに絡め取られた。
「ハっ! ?」
 声を上げて間もなく、顔面から地面に落ちる。星が見えるような衝撃に涙が滲む。紐状のものに足を取られていたのか、釣り竿のリールを巻かれるようにして髭右近は不審者の元へと引きずられた。逆さ吊りになって不審者と対面する。
「な、えっ、だれ! ?」
 混乱と恐怖でまともな言葉が出てこない。自分の置かれた状況がちっとも理解できない。
「痛いの嫌いだからさ、ちょっと怒ってるんだよね」
 紙袋が声で震えてビリビリと音を立てる。一瞬何の話かと訝しむ。恐慌極める髭右近の頭は思うように回らないが、薬で強化した能力で操った星憑きに殴られた奴であろうということは何となく推測出来た。
 顔は分からないが、体格は大男重光でもなく、チビ湊叶でもない。ここで髭右近の推理は詰んでしまった。
「た──」
 推理はともかく助けを呼ぼうと開けた口に向かって黒色の何かが迫り、たちまち口内を蹂躙した。硬いゴムを無理やり口に詰め込まれたかのような感触だ。目を白黒させて髭右近は口の方に手をやるが、またしても伸びてきた黒色の何かにそれを阻まれる。足首を掴まれて吊り下げられ、口には妙なものを突っ込まれて、手首まで縛られている。ギャグみたいな絵面になっているに違いない、と頭に血が上ってきたのか仕様もないことを考えてしまう。
 実際、そろそろ髭右近の体は限界だった。脳が飛び出してきそうだ。助けを乞い願おうにも声すら出せない。開きっぱなしの口から唾液が滴る。
 助かりたいと渇望し、研ぎ澄まされた髭右近の感覚器官は僅かな音を拾った。階段を下る足音。誰かが来た。紙袋を被り、正体を隠しているのだから人目には触れたくないはず。ならば、第三者の登場できっと解放される。
 しかしそれは、悲しいことに彼の希望的観測でしかなかった。
「わ、もうやってる。キレてんの?」
『第三者』が発したのは、からからと楽しそうな声。やってきたのは第三者などでは決してなかった。紙袋の仲間だったのだ。
「ここ数年で一番痛かったから」
 紙袋がぼそりと答える。生徒会長の鉄拳は伊達ではないらしい。そんなことが分かったところでどうしようもないけれど。なんだかぼうっとしてきた。希望が打ち砕かれたことで精神的にもとどめを刺されてしまった。目も焦点が合わなくなっているし、もう無理かもしれない。
 ゆっくりと目蓋を閉じかけた髭右近だったが、唐突に地面に打ち捨てられる。妙な悲鳴を上げた髭右近は目を見開きびくりと大きく痙攣すると泡を吹いて横たわった。

「あ、これ大丈夫なやつ?」
「大丈夫大丈夫。運んでくれる?」
「つーか紙袋取ったら? 俺が紙袋被ったやべーやつと話すやべーやつになってるし」
 弛緩しきった髭右近の身体に近づきながら言う。紙袋はそれには答えず、仲間に背を向け、むしり取った紙袋を丸めて仲間に向けて投げつけた。
「あ、怒った! ?」
 キャッチした紙袋を弄びながら仲間が半笑いで訊くも、それを無視した元紙袋は足早に地下通路をあとにした。残された仲間はやれやれとばかりに小さくため息を吐く。
「さて、言われた通り運びますか、っと」

 ◆◆

 目の前でいつひが尤もらしい顔をしている。時折あることだ。このようなとき重光が取るべき行動はひとつ。
「なんかあった?」
 いかにも興味があるふうに尋ねることである。この時期だとテストのことだろうか。教室を改めて眺めてみると問題集を手に問題を出し合っている生徒がちらほら見える。あと二日で期末考査が始まるのだ。
「武藤くんって絶対テス勉とかしないよね」
「したことねーな。しなくてもイッヒーより成績いいし、必要ねえかなって」
 重光は正直である。その上思ったことはそのまま口にする。
 直後、重光の額にいつひのペンケースがクリーンヒットした。

 そんなこんなでいつひから教室を追い出された重光は当て所無く校舎を歩いていた。龍業高校は特殊な環境で生まれ育った特殊な子どもたち星憑きを集めていることもあり、半世紀前くらいの治安の悪さに仕上がっている。そぞろ歩けば喧嘩が見つかる。今は絶対的なヒーロー、羽澄光汰のおかげで暗黒街化を免れているに過ぎないのだ。
(あいつが卒業しちまえば)
 そこまで考えて苛々した。時が過ぎるのを待つなど、ダサすぎる。しかしあいつをぶちのめす決定打が足りない。
「はァ? そんなことで大助にケチつけちゃってんの?」
 煽り半分、不愉快半分。そんな声色で男子生徒が誰かを捲し立てているのが聞こえた。反射的に重光は声の方を向く。そこにいたのは髭右近による騒動時の現場に居合わせていた二年の相馬大助と由瀬通、対峙しているのは通の威圧的な態度に萎縮してしまっている一年の男子生徒三人だった。薄ら笑いを浮かべた重光は事態を見守る。
「ケチを付けたわけじゃなくて、髭右近氏の行方が分からなくなっていることについて何か知らないですか、って聞いただけです。行方をくらます前に接した人みんなに尋ねているので、決して相馬先輩を疑ったとかじゃないです」
 一人がおずおずと言い出すと、もう一人が「そんなにムキになるなんて、先輩、何か知っているんじゃないですか」と通と大助を交互に見遣った。
「ちっ、っげーよ! そんなの知らねーって言ってんの!」
「通は黙ってて。関係ない通が口を出すと話がややこしくなるって言ったのに。通が勝手に怒ってるだけだから気にしないでね」
 はあ、と大きなため息を吐いた大助が通と一年生の間に入る。「友人がいなくなったら心配だもんね」
 通は不服そうだったが大助に反論する気はないのか素直に引き下がった。ただ、一年生のことは気に入らないのか睨みつけたままだ。勝手に話に茶々を入れておいてあまりに勝手なやつである。
「ただ、髭右近くんは異能を強くする薬を使ってたらしくって、もしかしたらそれ関連かもしれないことは伝えておくね。怪しい人からもらったって言っていたから」
「は? その話知らねーけど」
 重光がごく自然に会話に参加すると、一年生は揃って大きく体を震わせた。顔色も皆青白くなってしまっている。呆れた顔を寄越すのは大助だ。
「武藤と賀川がどっか行っちゃってからも会長さんと桜庭で話してたの。そのときに髭右近くんが教えてくれた」
「俺もいたぜ!」
「通は黙っててって言ったでしょ」
 すこん、と通の頭にチョップを入れる大助。そのあと一年生の方に向き直る。「能力が強化されて、同じ一年生を操った二年生に襲わせたりもしてたみたいだし──、あっ、これ聞いてなかった?」
 大助の話に愕然とし始めた一年生たち。重光は大助を横目にしながら「白白し〜」と呟く。
「だから、髭右近くんに関しては色んな可能性も考えたほうがいいかもね」
 そう大助はにこりと笑って会話を終わらせた。

 一年生たちが何か言いたげにしながらも言葉がまとまらない様子ですごすごと立ち去ったあと、重光はまず通の肩を叩いた。
「うへぇ、何?」
 通は明らかに厄介そうな表情で重光を見上げる。有耶無耶になっていたが、こいつにはおちょくられた借りがある。
「お前が一番分かってるだろ」
 にこりと笑いかけてやれば、通は「えー、俺分かんねーや」とわざとらしく首を傾げる。
「ねえ武藤、おれらに絡むよりもっと楽しそうなネタがあるんだけど、聞きたくない?」
 このまま肩を内側に折り込んでやろうかと思っていた重光に大助が飄々と声をかけた。相変わらず余裕ぶった態度が鼻につく。
「聞きてぇけど、お前の態度がムカつく」
「気になるんだ……」
 通が笑いを堪えたようにぷるぷると小さく震えながら呟くので「やっぱお前らボコしてから聞く」と重光は据わった目を二人に向けた。
「あーもう、通の態度が悪いから……」
 心底面倒そうに大助。重光が振るってきた拳を大きく飛び退いて避けたあと、「生徒会長さんが、生徒失踪事件に関わりのある人間を見付けたらしいよ。話聞いてきたら?」と声を張った。
「……はあ?」
「それじゃ、おれ次移動なんだよね」
 にこやかに手を振った大助は一人駆け足で技術棟の方角へ向かう。微塵も動揺していない大助に思ったよりも興が削がれた重光はちらりと通に目をやる。大助に置いて行かれてしまったがそれほど意気消沈した様子は見られない。よくあることなのかもしれない。
「なあ、あいつおかしいよな」
「へぇっ!? まー、大助は半分人間辞めてる感あるよなー。武藤とは違う面で」
 武藤ってお話出来るんだあ、と呟いている通の頭をぶん殴ってから解放する。涙目で逃げ出した通を横目で見送った重光は自分のこめかみをコツンと殴りつけた。なんか調子が狂う。

 ◆◆

 昼休みの生徒会室は一般生徒のために開放されている。オフィスアワーの生徒会長版だ。光汰の優れた容姿をおかずに白米を食べに来る生徒だったり、悩みや愚痴、陳情、提案を話しに来る生徒、食事の場所として利用する生徒など様々だ。生徒同士の交流も生まれ、光汰はこの時間が大好きだった。
 今日もにぎやかな生徒会室に光汰は救われる思いだった。
 失踪者がこの二週間で二人。殺人事件と立て続けに起こったこともあり、光汰の気分は少し沈んでいたのだ。彼の幸せは皆が笑顔で過ごすこと。それが脅かされそうな今の状況は心苦しいものである。
 大人たちも動いているようだが、星憑き関連となると途端に動きが鈍るのが佐波沼の機関である。
 星憑きの担当は専門・・総能研そうのうけんに任されているらしい。佐波沼市民も、星憑き自身だって実体をよく知らない研究所だ。ゴシップまがいの「度を超えて能力を濫用した星憑きはここで矯正される」という噂が市井で流れているくらいである。実際に知人が連れられて行ったという噂話もたまに聞くが、そもそも度を超えて使ったとしても大した被害の出ない能力がほとんどだったりもする。

「そういや、幼馴染がちょっと気になること言ってたんすけど」
 躊躇いがちに切り出した湊叶に、光汰は「なんだい?」と気持ち前屈みになって聞く姿勢を作る。
「眉唾っすよ。幼馴染、すっげぇふわっとした精神感応サイコメトリーを持ってるんすけど、その幼馴染がここ最近で失踪した二人から『赤い花』のイメージを受け取ってたって言うんすよ」
「……ふむ」
 光汰の表情が真剣なものになる。湊叶は続けた。
「もしかしたら失踪に関係あるかも、と思って話したって幼馴染は言うんすけど。与太話だと思って忘れてください」
「いや、失踪が同一人物の手引によるものだとすれば、その人物が何か赤い花モチーフの装飾を身に着けていた可能性はある。特に、阪の失踪前に彼を襲った人物は黒基調のゴスロリファッションだったらしいから、赤い花は特に印象的だったかもしれないし。彼女を見た阪と上春の二人ともと連絡が取れなくなっているからあくまで想像だけど。上春の見舞いにも行きたいが、まだ面会謝絶だろうか──」
「難しい顔してるね」
 ひょこりと二人の間に顔を覗かせたのは光汰のクラスメイト、夏生なつきだ。手にはチルドカップが二つ。
「あ、それは!」さっきまでの深刻そうな表情が嘘のように光汰は表情をパッと輝かせた。「幻の飲むおでんつゆ!」
「なんすかそれ」
 湊叶が白けた顔で尋ねると「うどんスープで有名なマル西が出した画期的な飲み物だよ。都市部限定で売り出されていたんだが、あまり売上が芳しくなかったらしくて、地方に入ってくるのは絶望的かと思っていたんだが……」と滔々と語りだした。光汰におでんと出汁の話をさせると立板に水の勢いで話し続けている。
「あー、佐波沼ここから市外そと出るのも一苦労っすもんね」
「俺や夏生は申請に施設を通さなきゃならないから余計に時間も手間も掛かるしなあ。夏に行こうと思っていたから、思ったより早くお目にかかれて本当に嬉しいよ。どこにあったんだい?」
「三階の購買。派手なパーカーの一年が『会長さま欲しがりそー!』とか騒いでたから気が付いた」
「賀川だな。ふふ、嬉しい」
 光汰が嬉しそうなのは何よりだが、マル西とかいう博打な商売をする会社の行く末は気になる。春夏におでんつゆ(冷)の飲み物って、いくらなんでも冒険が過ぎる。企画部が変な方向に思い切りがいいのだろうか。
 一口味わうや否や出汁蘊蓄再生機となった光汰を横目に湊叶はおでんつゆ前の話を思い返す。
(もう一回、三笠に聞いてみるか)

 ◆◆

 華日の目の前に聳え立つのはスフレパンケーキ三段と生クリーム、それから皮を剥いただけの桃が丸々一個。しかも大ぶりと来ている。添えられているアールグレイのジュレ、桃のジェラート、クランブル、ナッツ。全てが調和している。素晴らしい。華日の口からうっとりとしたため息が漏れた。
「やっぱりパンケーキはブームとかじゃないんですよ。本能ですよ」
 ついでに飛び出した迷言に向かいの席に座るいつひは「三笠ちゃんのスイーツ狂いムーブ好きだよ」と笑った。華日は厳かに手を合わせてから、「では、いただきます」とナイフとフォークを手に取った。
 軽く握った拳大のパンケーキは口の中で解けて溶ける。甘い幸せの味が口じゅうに広がって、芳しいバニラの香りがますます幸福感を強める。佐波沼一のパンケーキカフェは伊達ではなかった。次は丸々一個、堂々たる姿で皿の上に鎮座している桃である。えいやとナイフで両断すれば、中からカスタードがとろりと顔を出す。いつひが「写真撮っていい?」とスマホを構えた。「どうぞ」と頷いた華日は皿に向き直る。
「もうこんなの約束されてます。エクスカリバーです」
「なにそれ!」
 華日の大げさな食レポを楽しみ、食後のお茶をゆっくりと飲み干した二人は余韻に浸りながらカフェを後にした。
「あ、忘れ物しちゃった! 取ってくるね」
「はい。ここで待ってますね」
 幸いカフェのすぐそばで気が付いたいつひは駆け足でカフェに戻る。ちょうど街路樹の影もあったので、華日はそこでいつひを待つことにした。
「そこのお姉さん、これから時間ある?」
 するとどこからか湧いてくるナンパ男。目を伏せた華日は「すいません、今、友達を待っているので」と答える。
「じゃあ、友達も一緒で。俺も友達ダチ呼ぶし」
「じ、時間がありませんってば」
「待ってる時間があるじゃん。俺、知る人ぞ知る秘密のカフェ知ってるからさ、一緒に行こうよ」
「あなたに使う時間は一秒もないって言ってるんです!」
 ぎゅっと拳を握りながら華日。なんだか言い方がキツくなってしまった気もするが、必死だった。いつひと行動していると不思議と・・・・こういう輩には絡まれないのだが。
「大人しそうな顔して意外と言うね! これはただでは引けなくなっちゃったなあ〜?」
 笑顔のままだが、もう目は笑っていなかった。華日は男の顔をほとんど直視していないのでその変化に気づくことはなかったが。手首を掴まれる。
「やめてください!」
 振りほどこうにも男の力に華日が敵うはずがなかった。誰か、誰でもいいから助けを、と辺りを見渡す。
「いっだ!? いだだだだ!」
 男が急に情けない声を出し、華日から手を離す。驚いて男を見上げると本当に痛いのか青い顔をしている。視線を少し下ろすと、男の腕を背中側に引っ張り、捻り極めている女の子の姿があった。錆浅葱さびあざぎ色のボブヘアでセーラー服を着ている。確かあれは葛羅坂かづらざか女子学園中等部の制服だ。
「その人、嫌がっているでしょう」
 言いながら更に極めたのだろう。男の額から脂汗が滲む。それでもなお、退こうとしない男には執念めいたものを感じた。プライドみたいなものだろうか。華日がおろおろしているうちに、周囲には人が集まり始めていた。
「何かありましたか?」
 近くの店の警備員がやってきて、ようやく男は小さな舌打ちを残してその場を立ち去った。胸を撫で下ろした華日は助けてくれた女の子に声をかける。男が去った方向を見つめていた女の子は不思議そうにこちらを向いた。陶器のように滑らかで白い肌、艷やかな葡萄えび色の瞳。
「助けていただいて、ありがとうございました!」
「あのような輩は放っておけません。それに、貴女の啖呵もなかなか気持ちが良かったです」
 そう言うと女の子は涼やかな目元に微笑を浮かべた。一礼をして立ち去ろうとするのを「あの、本当に助かったので、なにかお礼を……。わたしは三笠と言いますっ」と華日は慌てて引き留める。
「結構です。礼には及びませんので」
 淡々と返した女の子は華日に背を向けた。
「都合があったらでいいので、明日の五時に、中央町の桜庭洋菓子店に来てくださいっ。ケーキをご馳走したいので……待ってます!」
 勢いで女の子の背中に叫びながら、なんて勝手なことを言うのだろうと華日は自分に呆れる。女の子は振り返ってはくれたが、会釈を返してそのまま行ってしまう。なんだか意地の張り合いのようになってしまった。
 程なくしていつひが「待たせてごめんね〜!」とぱたぱたと駆けてやってくる。華日は「いえ、大丈夫です」と笑ってそれを迎えた。