sugar

 通の体が砂糖になった。
 冗談じゃないし、俺はいたって正常だ。
「大助、大助! 俺、食べられる!」
 とかなんとか言いながら走ってきた通の左肘から下は無くなっていた。断面から血液が溢れることはなく、代わりに白い結晶がポロポロとこぼれている。
「俺、甘いんだぜ!」
 体が欠損しているというのにこの馬鹿は嬉しそうに報告してくれる。痛覚もないのか、と思って通の左腕の断面を手近にあったピンセットで削ってみる。ザリザリ、と音がして結晶が落ちた。通は「それ、砂糖!」と得意げに笑った。
 通が言う通り、見た感じ砂糖だ。
 じっと通から採取した結晶を観察しているおれに通が声をかける。
「なあ、大助も食べてみろよぉ」
「通、もしかしてこの無くなった分は自分で食べたのか?」
「半分くらいかなー。ぶつけたらポリンってもげちゃって。びっくりして気絶してたんだけど痛くもないし、なんか砂糖っぽい、と思ってさ、舐めたら案の定甘ぇの!」
 馬鹿はケラケラと笑っている。
「やっぱり通、悪趣味だよなあ。おれなんかよりよっぽど」
「えー?」

 通が糖化して二日経った。ようやく通は自分が生命の危機に晒されていることに気づいたらしい。この二日間、通は食べ物らしい食べ物を摂取できていない。自分以外は体が受け付けないらしく飲み込んでもすぐに吐き出してしまっている。
 それなのに空腹は感じるようで、通の膝、肘関節より下はすでに存在しない。少なくとも、一日二日では回復しないようだ。
「どうしよー、俺、死んじゃうのかなぁ」
 ひみつきちのソファに横たわった通はうわごとのように呟いた。
「今の通、脈取れないし、おれから見るとすでに死んでるんだけどなあ」
「えーそうなの?」
 何が面白いのか、通はヘラリと笑った。おれは通に背を向ける。
「なあなあ、大助ぇ」
 しばしの静寂のあと、通がおれに呼びかけた。
「俺、大助のコーヒー用の砂糖になる」
「通はおれのことを何も分かってないんだな。おれはコーヒーにはミルクしか入れないんだけど」
「じゃあ、紅茶用」
「あまり好きじゃないな」
 相変わらず的外れなことばかり言う。もともと脳は砂糖で出来ていた、と言われても納得できる。
「でもさ、俺嬉しいんだよなあ。俺が砂糖になったら、大助は俺の頭かち割って中身見そうだなーって思ったから」
「そう思いつつおれの元に来た通は阿呆なのか?」
「あはは、そーかも」

 通があまりにいつも通りだったからか、おれは通と最後に交わした言葉を覚えていない。