ねこ

 猫を飼っていたことがあったんだ。

「はあ」
 羽澄光汰に「ちょっと話したい」と呼び出され、指定された教室に向かった先での第一声はこれだった。
「施設でね。可愛くてよく懐いてくれたんだ。いつの間にかいた子だから、施設に居着くようになった頃には成猫だった」
「これから羽澄先輩の思い出話を聞かされるんですか? おれ」
 イライラしている、と声にも態度にも出したら、羽澄光汰は眉を下げて小さく笑う。
「猫らしい猫でね。気まぐれで数日姿を見せないこともあったんだ。それで、一年くらい経った頃、その猫はぱったり姿を見せなくなった。一週間経っても帰ってこないから俺はそわそわして」
 探しに行ったけれど死んでたんでしょう、という言葉は飲み込んだ。羽澄光汰の口から聞きたかった。
「——探しに行ったんだ。そうしたらあの子、いろんな家をふらふらしてお世話になってたみたいで、息を引き取った家の人が見つかってさ」
「よかったなあ、って思ったんだ。猫は一人で死ぬことを選ぶっていうから一人で死んじゃったのかなって心配していたから。信頼している人に見守られて逝ったんならよかったなあ、って」
「そうっすか」
 話を聞き流しながらスマホを取り出して通に今日の連絡をしておいた。それとおれの現在地。きっと通は“すぐ”来る。
「相馬を見ていると不安なんだ。いつか、いつの間にかいなくなってしまいそうで」
「無駄な心配になると思いますよ」
「俺じゃなくていいんだ、相馬の拠り所は。一人でいなくなるなんてことはやめて欲しいんだ、だってそんなの」
「大助ぇ〜!」
 パッと真横に通が現れる。相変わらず頬ずりでもしそうな距離感だ。
「あ、どもっす羽澄せんぱーい。大助返してください!」
「由瀬、っ」
「じゃあ、失礼します」
 ぺこりと軽く頭を下げて通の異能で校舎外まで移動した。おれに頼られたことが嬉しいのだろう、通はいつも以上にニヤニヤしている。
「通、いいことでもあったか?」
「ん? 別にぃ〜?」
(『だってそんなの、寂しすぎる』なんてまあ羽澄光汰らしい)
 横で「なあちょっとコンビニ寄っていー? ワッフル食べたい」と子どものように笑っている由瀬通に頷いてから、自然と腹部に手を当てていた自分に気づいた。
 ああ、むかむかする。