3-5

 嘘だと言ってくれ。
 目の前に広がる光景を信じたくないがあまり、光汰の口から溢れたのはこいねがうかのような声だった。
 ぐったりと地面に横たわる湊叶。その身体の上に軽く足を置き、壁にもたれかかりスマホを操作しているのは大助だった。光汰の存在に気が付くと身体を起こしてふわりと笑う。そこには一片の毒気も悪意もないように見えた。
「思ったより遅かったですね。桜庭が可哀想なことになっちゃったじゃないですか」
 大助は笑いながら湊叶の背中を蹴りつけた。意識が深いところまで落ちているのか、湊叶は身じろぎひとつしない。愉悦を湛えた大助の瞳と静かな怒りが確実に滲みていく光汰の瞳がお互いを一瞬見つめ──、吹き飛んでいたのは大助だった。十数メートル離れた塀にぶつかり、衝撃は尚衰えず大助の身体はゴム毬のように弾む。三メートルほど先に跳ね返った大助はしゃがみ込むような体勢で着地した。顔を上げる。
「……驚いた!」
 見開かれた目、いびつに緩んだ口元が彼の隠しきれない興奮を如実に語っている。そして、その目が光汰を捉えることは敵わなかった。顎に衝撃を加えられ、視界に星が飛ぶ。うわあ、こんなの久しぶり、だとか何とか思っている間に再びコンクリートの塀へと叩きつけられていた。能力による自動防御があるおかげでダメージは大幅に軽減されているはずなのに。おれじゃなかったら即ゲームオーバーだ。長男で助かった。
 冗談を考えるくらいの余裕はあるが、さてこの凄まじい攻撃、光汰を殺さずに凌ぐ最善手は──。
 瞬間、光汰の猛攻が止んだ。地面に投げ出された大助は仁王立ちする光汰の背中、その奥にある二つの人影を確認し、大助は小さな納得の声を上げた。湊叶を無理やり立たせてその喉元に硝子片を突きつけている小柄な少女。三笠華日と居たときに睨んだから必死なのかもしれない。大助は他人事のような視線を向けた。だって、その行動は彼女にとって悪手としか言えない。
 口を開く前に、唯誓は吹き飛んでいた。何が起こったかもきっと理解できていないままに意識を無くしただろう。即退場だ。薄ら笑いを浮かべた大助に光汰のまっすぐな怒りの視線が突き刺さる。
「いきなり殴ったことを謝ろう。すまなかった。だが、湊叶をあんなになるまで傷付けたことを、俺は微塵も許すつもりはない」
「そっすか」
 大助が適当な返事をした直後、唯誓がゆらりと身体を起こした。ほとんど執念が身体を動かしているような、ゾンビ映画で見るような動きだ。振り返った光汰は眉を寄せた。目は開いているが、焦点は合っていない。宙空を見ている唯誓は口の中でモゴモゴと何か呟く。す光汰の頭上がやにわに乱反射したときのような煌めきを放ち始める。唯誓と大助を両端にして瞬く間に広がった煌めきは、無数の薄い板状の影に変わった瞬間、空気を切り裂く短い音の後「ざん」とも「ずん」ともつかぬ音を立て、落下・・した。断面を鋸歯のように加工された1.5メートル四方の硝子板。それが二、三センチメートルほどの間隔で垂直に突き刺さっていた。下にいればズタズタにされて一巻の終わりだっただろう。どこかアクションゲームのギミックを思わせる。
「危ないところだった……」
 幸いにも前兆があったことで唯誓の方へ逃れた光汰は、唯誓と硝子の刺さった地面を見ながら息を吐いた。唯誓は錆びついた音が響きそうなゆっくりとぎこちない動作でこちらに顔を向ける。光汰の背後には大通りがある。今の状態の唯誓は無関係の人間のことなど微塵も考慮しない攻撃を放ってくるだろう。人目の少ない場所で決着をつけよう。光汰は僅かに目を細めた。
 光汰と正面からまみえた唯誓が姿勢を落とす。重心を低くし、ゆったりとした構えは大陸武術のよう。二人はほとんど同時に踏み込んだ。光汰の拳、唯誓の掌底。相打ちのような体勢、しかし身長によるリーチが長い光汰がやや有利に思われた。その拳が今まさに唯誓を捉えるというところで、光汰の動きはぴたりと固まる。唯誓の掌は光汰の心臓から十センチほど前にある。愕然と目を見開いた光汰からこぽりと水音が漏れ、それは口から大きく溢れた。赤褐色の液体。かはり、かはり、という咳とともに光汰の足元には血溜まりが出来ていく。よろよろと後退する光汰は痺れのような頭痛を感じた。それは何か嫌な予感な気がして光汰は直感に従って身体を捩った。次の瞬間、一点に収斂された高エネルギー、平たく言えばレーザーがじゅわりと光汰の肩の肉を抉る。先ほどの頭痛による動きがなければ、首か心臓に当たっていただろう。
「はは、硝子は便利だな。こんなに晴れた日じゃ、光も集めやすいだろう」
 上空に浮かぶレンズのように加工された硝子を一瞥した光汰は、冷や汗を流し、荒い息で言う。意識を保つために無意識に話しかけていた。依然吐血は止まらない。内臓が鼓動に合わせてずきずきと痛む。唯誓は光汰の言葉に何の反応も示さなかった。
「えぇと、俺の体の中に何か入れたかな? 今までに経験したことのないような痛みだ。喋るのも痛いけれど、喋らないと痛みで意識が飛んでしまいそうでな」
 光汰は頭に浮かんだ言葉をそのまま発する。観察するような視線を送る唯誓の額からは脂汗が滲み、小さな玉を作り始めていた。かなり無茶な能力の使い方なのだろう。
「きみは安土唯誓だね? ちょうどきみを探していたんだ。星憑きに怪しい薬を渡しているそうじゃあないか。理由を聞かせてくれないか?」
 茫洋とした、掴みどころのない瞳が光汰に向けられる。暫しの沈黙。唯誓は僅かに唇を動かした。何か語る気になってくれたのか、と喜ぶ光汰の前で唯誓はわなわなと小さく震えだす。
「ど、どうしたんだい」
 全身痙攣を起こした唯誓は身体を緊張させたまま地面に倒れてしまった。地面に刺さっていた硝子板、光汰の中に出現していた硝子が消失する。異物感は消え去り、痛みは幾分和らいだ。
「あーあ。飲み過ぎちゃったね」
 後ろからつまらなさそうな声。触手を従えた大助が余裕の足取りでこちらに近づいてきていた。光汰の視線を受け、目を合わせた大助は薄く笑む。
「代謝で排出される成分がほとんどでしょうから休めば回復すると思いますよ。少なくとも一時的には」
「……相馬も薬のことを知っているのか?」
「一般論ですよ」
 大助は肩を竦める。「ただ、星憑きの能力についてはもっと知りたいと思っています。そう、例えば武藤とか──」
 顎に手を当て、思案顔で呟いた大助の胸ぐらを光汰は掴み上げた。大して驚いて無さそうな表情と声色で「わあ」と零した大助に鬼気迫る表情の光汰は低い声で囁くように告げる。
「これ以上俺の大事な人達を傷つけようとするなら、容赦はしないぞ」
「そんなこと言える立場──」
 眉を下げてバカにしたように笑う大助の視界をふわりと臙脂色が横切ったかと思えば、次に感じたのは首筋に針を刺されたような痛み。薙ぎ払わんと仕向けた触手は光汰に片手で制され、潰された。ちょうどプレスされた腕のように捻じ切れた触手が霧散する。もう片方の手の甲で自身の口元を拭った光汰は「やれやれ」と目を伏せた。
「あまり使いたくないんだ。やりすぎてしまうから」
 ぞわり。大助の全身が粟立つ。興奮で歪みそうな顔を掌で隠し、大助は背中から太い触手を幾本も発現させた。九尾の狐を彷彿とさせるその姿は、あまりにも禍々しい。
 先手を打ったのは大助だった。触手を伸ばし、光汰を掴み上げんとする。光汰もまた触手に手を伸ばす。生身で巨大な化け物に挑むその姿はいかにも頼りなげだった。しかし、抱き抱えるように触手を掴んだ光汰は力任せに引っ張るという力技を見せる。大助ごと引き寄せるつもりだったが、触手が他愛もなく千切れてしまったため、光汰はたたらを踏んだ。
「おっと。トカゲの尻尾みたいだな」
 もはや光汰には満身創痍の見る影もない。ほんの少しの吸血で? めちゃくちゃだな、と咬まれた首筋に手をやった大助は頬を緩ませた。
「ああ、いいですね。やっぱアンタおかしい」
「……何だか、破綻している感想だな。流石に疲れたかい?」
「そりゃあ、羽澄先輩を相手にしてるんですから」
 心配そうに尋ねた光汰に大助は微笑んで返した。更に目を細めた大助は自身の両脇に触手を一本ずつ侍らせる。光汰が途端に殺気立つ。そこにはそれぞれ気を失った湊叶と唯誓が拘束されていたのだ。空気が震えるほどの怒気を放つ光汰をさらりと受け流した大助が「アンタを殺さないように戦うとおれが痛い目に遭うので、ここで一つ取引を提案します」と宣う。湊叶と唯誓の身体が揺れる。力を入れられたのだろう。大助の視界から光汰が消えた。
「断る」
 短い言葉とともに、大助は脳が揺れるのを感じていた。瞬間的に意識を失ったようで、異能で造り出した触手は砂状になり消えゆくところだった。そして自分が地面に転がっていることに気が付き、殴られた痛みも徐々に実感する。
「クソがよ」
 ぼそりと呟いた大助の瞳孔は限界まで開かれていた。地面に座り込んだままの大助の身体から、黒い影の塊が滲み出る。先程までの触手とは違う。タールのような粘っこさを持ったそれは光汰を覆い尽くさんと広がる。すでに湊叶と唯誓を自身の後ろに避難させた光汰は得体の知れない異能に敢然と立ち向かう。その拳は黒を切り裂いた──しかしすぐに塞がる。その上、光汰の腕には黒が纏わりつき、剥がすことが出来ない。力一杯引っ張っても、素早く振り払おうとしても、粘度の高いそれはしつこくへばり付いてくる。左手の爪を立てて剥がそうとするも、容易に伸縮し、千切れる厄介な性質のせいで僅かずつしか除去できない。そのうち、黒が足元をも覆い尽くしていた。光汰の怪力を以てして身動きが取れない。その上、黒が纏わりついている箇所の皮膚が衣服越しにもじわじわと痛む。
(溶かされているなんてことは──あるかもしれないな)
 直前に見た大助の形相を思い返し、凄惨な攻撃も加えてきそうだと光汰は苦笑いをした。
「仕方ないので、もう一度提案します」
 背後から聞こえてきた大助の声に、光汰が弾かれたように振り向く。呆れたような表情の大助は湊叶と唯誓に一瞥をくれてから、光汰を見据えた。
「おれの言う通りにするか、三人仲良くくたばるか」
 大助は薄く笑う。選択肢などあって無いようなものだろう、とでも言いたげに。
「随分と必死だな」
「痛い思いはなるべくしたくないので。で、どうします?」
 じくじくと痛む体。答えず、黙っていると大助が目を細め、触手を唯誓の首元に伸ばした。しゅるりと唯誓の首に巻き付いた触手は光汰が息を呑んだ間に彼女の首を絞めた。
「わかった、相馬の言うとおりにしよう」
 大助は満足げに目元を緩ませて、唯誓を解放した。安堵の息を大きく吐いた光汰はへらりと弛緩した笑みを見せた。
「相馬を人殺しにするわけにはいかないからな」
 口元を掌で押さえ、少し身を屈めて笑う大助。光汰は不満そうに唇を尖らせた。真面目な話をしている最中に笑うのはいただけない態度だ。ひとしきり笑ったあと、大助は深く息を吐いた。少し頬を赤くした顔で大助は言う。
「羽澄先輩はこのままで居てください」
 大助がそう言うなり、あれだけしつこく貼り付いていた黒は潮が引くように消えていく。意外そうな視線を光汰から送られ、大助は不服そうに眉を寄せた。
「おれはアンタを信用したっていうのに」
「いや、さっきまでの相馬は大変な非道ぶりだったから」
「基本的には紳士ですよ。おれは。ただ、相手の鏡になるような態度は心がけています」
「じゃあ俺は紳士だったということだな」
 光汰が誇らしげに言えば、大助が「あははそうですね」と平坦な口調で返してきた。黒に覆われて痛みを感じていた部分を観察してみると、感覚通りじゅくじゅくに溶けていた。力任せに足元の拘束から抜けようとしていたら、肉の長靴が地面に残っていただろう。光汰はちょっぴり肝を冷やす思いがした。全ての元凶である大助はさっさとこの場から立ち去ろうとしている。光汰は「さっきの!」と大きな声で呼びかけた。
「『このままで居てください』というのはどういうことだい?」
 大助は一応足を止めて、半身だけ振り向く。「そのままの意味ですけど」
「俺は俺を変えるつもりはないぞ!」
 大助が特に反応を返すことはなく、話は終わったとばかりに歩き去ってしまった。
「ううむ、難しい。相馬も思春期男子だなあ」
 光汰は呟くと湊叶と唯誓の介抱に向かった。
 
 ◆◆
 
 完全に見放されてしまっただろう。
 御主人様のあの冷たい目。あれはもう何も期待できないものに送られる視線だ。御主人様は聡明だから、たとえ世間が使いようのないものと判断したものさえも利用価値を見出してくれる。わたしもそうだった。そんな御主人様でさえも、もう使えないと判断された存在、それが今のわたしだ。
 主な根城としている廃病院に向かうほど、唯誓の精神は図太くなかった。
(通様なら平気でそういうことをしそうですが)
 ちっとも気の合わない同僚のことが頭に浮かぶ。あの人は持ち前の不注意と軽薄さで何度も御主人様に迷惑をかけているというのに、見捨てられることはない。あの能力のおかげなのだろうが。
「あ! 安土ちゃんだ!」
 国道を渡る歩道橋の上、ぼんやりと下を眺めていた唯誓に明るい声がかかる。聞き覚えのあるこの声は。唯誓は声の主ではなく、十中八九近くにいるであろう大男を警戒するつもりで顔を上げた。
 思った通り、声の主は賀川いつひであった。しかし意外なことに重光の姿はない。きょろきょろと視線を動かした唯誓にいつひが苦笑い気味に答えた。「武藤くんならいないよ」
「……そんなこともあるのですか」
「あるけど……。っていうかボクと武藤くんの噂って安土ちゃんが行ってるようなお嬢様学校にも伝わるもんなの?」
 唯誓が目を丸くして言うのを、いつひは呆れたように応えた。いつひの問いに唯誓ははぐらかすように「まあ、ええ」と返す。
「なんかこの世の終わりみたいな顔してたけど、そんな安土ちゃんにもっと鬱ニュース届けてあげよっか」
 にやにや。いかにも意地悪げにいつひは笑う。ますますこんな人間が華日と友達であることが勿体無く思えてきた。自分が言えた口ではないのに。
「なんと保見くんの仲間が口を割りました〜! 薬を配ってたのは安土ちゃんだったって!」
 人差し指の先を突きつけ、犯人を名指しする名探偵の如くいつひは宣った。唯誓は「はい」と淡々とした表情で頷き、いつひの目を見る。それが話の続きを促すような相槌であるといつひが気付くのに少しばかりの時間が必要だった。唯誓の顔が怪訝を訴えてきて、いつひはようやく二人の認識の齟齬に気付いた。
「あ、え!? 別にバレてもいい感じなの?!」
「はい。異能強化薬を配っていたのはわたしです」
「ナンデ!?」
 きゃんきゃん騒ぐいつひに辟易した顔を見せた唯誓は「それは言えません。というか、言う必要もないと思います」とやはり淡々と告げるのだ。
「え〜〜? それ製造元はどこなの?」
「龍行高校の方たちはそういうことばかり気にしますね。探偵気取りですか?」
 ここぞとばかりに嘲笑をくれてやる唯誓にいつひは大層不機嫌な顔で「なんだ、元気じゃん」とぼやいた。
「それとも、貴方も欲しいのですか? そういえば、貴方は二色持ちですね」
「あー……。ボクは異能持ってないよ。けど、髪と目の色だけ変わっちゃったの」
 いつひは顔周りの毛先を指に巻き付けて弄んだ。唯誓が不思議そうに首を傾げる。
「そんなことがあり得るのですか」
「あり得てんの。二色持ちだか何だか知らないけど色が変わっても異能がない人間とか武藤くんと一緒に居ないボクとか」
 じと、と湿っぽい視線をいつひは唯誓に送る。唯誓は少し考える素振りを見せたあと、「では、その武藤くんとかいう青髪ゴリラに薬を与えたいのですか?」と再び尋ねた。
「キミ絶対友達居ないでしょ。武藤くんは……異能持ってるみたいなんだけど、絶対教えてくれないんだよね。使おうともしないし。使わなくても困ってないからだろうけど」
 少々不満げな様子でいつひは腕を組んだ。
「使うと困ったことになるから、という可能性もありますよ」
「え〜? 髪の毛が逆だって全身がぴかぴか発光しちゃうとか?」
 自分で言って面白かったのか、いつひはケラケラと笑う。呆れてそっぽを向いた唯誓は「まあ、そういうことです」と気の無い返事をした。
「ボクは好奇心でキミが薬を配ってるかを気になってるだけだからまあ殆ど無害だけど、中には変な人もいるから気をつけたほうがいいんじゃないかな」
 歩道橋の手すりに片肘を掛けた状態の唯誓に、いつひがずいと近寄る。僅かに仰け反った唯誓が「そのくらい、もう何人も返り討ちにしてきましたので、今更貴方に心配してもらわなくても」と眉を寄せた。
「……それに、もう薬を配ることも無いかもしれませんし」
 ぼそりと付け加えられた言葉に「え、在庫切れとか?」といつひがきょとんとした顔をする。
「貴方には関係のない話です」
 ぴしゃりと言い放った唯誓はいつひに背を向ける。もう話すことはない、というよりはもう話したくない、といった態度だ。護衛重光もいないことだし、とこれ以上のうざ絡みを諦めることにしたいつひは黙って唯誓の背中を見送ることにした。何だか自分は今にも飛び降りそうな雰囲気の人間と遭遇することが多い気がする。平均的な遭遇率など知らないが。
 そうしていると唯誓が向かう先からスーツ姿の男女数人がやってくるのが見えた。役人っぽい雰囲気でもあるが、堅気では無さそうな物々しい空気を纏っている。直感が冴え渡ったいつひは、彼らは総能研の人間であると理解した。
 進路を塞がれた唯誓が足を止める。背中だけでも困惑が伝わってくる。そんな唯誓に総能研の一人が首にかけたネームホルダーを唯誓に見えるように差し出す。暫しの沈黙の後、ネームホルダーを元に戻した彼は「鵜原誠也氏失踪に関わった疑いがあります。詳しい話をお聞かせ願います」と言うなり唯誓の手首を掴んだ。
「うおお、安土ちゃん……」
 抵抗は余計な騒動を引き起こすと考えているのか、全くの無抵抗で唯誓は歩道橋下に停められているバンに押し詰められるように乗せられた。一部始終を目と耳に焼き付けたいつひはふと気付く。
 鵜原誠也って誰だ。