4-1

 カーテンから漏れ注ぐ陽の光で重光はゆるゆると覚醒した。欠伸をしながら起き上がり、時刻を確認すると七時を少し過ぎたところだった。目の下を指先で掻き、重光は階下のダイニングへ足を運ぶ。
 ダイニングに設けられた大きな窓からは、庭師によって美しく整えられている花壇がよく見えた。重光は植物に明るくないが、色とりどりの花が咲いている様子はわざわざ愛でようとは思わずとも、目に入れば好ましく思う。庭の向こう、坂の下には佐波沼の街が広がっている。
 侍女が運んできた焼き立ての厚切りのトーストにはバターをたっぷりと。続けて鶏舎から持ってきたばかりの卵で作ったサニーサイドアップをナイフで切り分け口に運んだ。皿に残った卵黄をトーストで拭う。この食べ方をすると修輔さんはいい顔をしないが、今朝は居ないので自由だ。それからベーコン、続いてサラダを平らげ、最後に牛乳を一杯飲み干した。
 身支度を簡単に整え、リビングへ向かうと目当てのソファにはすでに先客の姿があった。重光の気配に気がつくと顔を上げる。
「おお、重光」
 目尻を下げて笑うのは祖父の山葵だ。今日はオフなのか作務衣姿の彼はもう喜寿に近い年齢のはずだが、溌溂と若々しい印象を受ける。今でも最前線で働いているからだろう。何をしているのかはよく知らない。分かるのは莫大な金と数多の人間をその手のひらで転がしているらしいことだけだ。山葵の息子である修輔も同じだ。彼の場合はモデル業もしているらしいが。重光にはあまり興味のないことだった。自分にそのような才がないことも理解しているし、彼らから「重光は何もしなくていい。ただそのまま居るだけで良いんだ」と幼い頃から言い含められている。
「高校はどうだ? ん? 要らないやつはおじいちゃんが放り投げてやるからすぐに言うと良い」
 この場合の「放り投げる」は社会的に、の意だ。重光は「自分でやるからいい」と答える。こちらの場合は物理的にである。
「そうかそうか。元気でよろしい」
 満足気に呵呵と笑う山葵は続けて「楽しんでいるようで何より」と頷いた。
「俺のにーちゃんいただろ。死んだやつ」
 山葵の隣に座った唐突に重光が切り出す。その話題に虚を突かれた山葵は目を瞬かせ、重光の横顔をまじまじと見た。
「どうした。急に」
「なんとなく。あいつどんな見た目だったっけ」
「修輔には似ていなかったなあ」
 腕を組み、背中をソファの背もたれに完全に預けた山葵は投げやりな調子で答えた。隕石災害で死んだ兄、光登みつとは武藤家から爪弾きにされている。理由は、同じく隕石災害で死んだ重光の母、さくらに顔が似ていたから。
「あいつが生きてたら──」
「光登は死んだ」
「行方不明なんだろ。見つかんなかったから死んだことになってるけど」
 山葵は大きなため息を吐くとやにわに立ち上がった。「出てくる」と言い残し足早に部屋から立ち去ってしまった。広くなったソファで両手を横に伸ばした重光は「生きてんだよなあ〜」と呟いた。

 ◆◆

 夏の影は濃い。輪郭もはっきりしている。
 アスファルトに映る自身の影をぼんやりと眺める。日傘を持って来てよかった。そうでなければこの炎天下に耐えられそうもない。ショッピングモールの広場で『フローズン・フェスティバル』と銘打たれたイベントは真夏と真正面から闘うつもりなのか、真夏の日中に開催されていた。
「整理番号一四番の方〜。お品物ご準備できました〜」
 その声にぱっと顔を上げた華日はいそいそとテント下のカウンターへと向かった。
 会場のあちこちに設けられたイートスペースで、華日は目当ての京風抹茶フラペチーノに口をつけた。普段は本店限定のものだ。こだわっているだけあって抹茶の風味が他とは違う。ほんの少しクリームチーズの風味が感じられて、華日は枡に入った抹茶ティラミスを思い出した。
 周囲は友人連れが多い。一人で過ごしている華日はきっと少数派だ。昨晩ダメ元でいつひを誘ってみたのだが、返信はないどころか今朝になってようやく既読が付いていたくらいの反応だ。ブロックはされていないのかな、と安堵しつつイベントに足を運んだ次第である。
 半分ほどドリンクを飲み終えたところだった。華日の席に影がかかる。顔を上げるときらきらした顔の女の子が三人。
「ごめんなさーい。一人ならどいて欲しいんですけど〜。あたしたち座りたくてぇ」
 華日は周囲に視線を走らせた。確かに華日が席を立てば、三人が一緒に座れる。
「あ、えっと」
 まだ飲んでいるところで、と言いかけて華日は言葉を飲み込んだ。ここで変に主張して諍いを起こしたくない。自分が移動すれば丸く収まる話なのだ。
「……はい」
 一生懸命作った笑顔はでもやっぱり少しぎこちなさを伴ってしまう。三人組は華日のその態度が不満なのか「なんかごめんなさ〜い」と刺々しい言葉を吐きながら、譲らせた席に座った。
「無理矢理どかせたみたいじゃんねぇ」
 まだ中身の残るドリンクカップを手にした華日の背中に少女たちの嘲笑が突き刺さる。ぎゅっとカップを握りしめると、カップから小さい音がした。
「えっ、今の無理矢理じゃなかったら何なの!?」
 下を向いていた華日はその大声にハッと顔を上げる。オーバーサイズTシャツにショートパンツ、キャップにはご陽気な星型サングラスを乗せ、わざとらしく驚いた顔を作ったいつひが立っていた。固まる華日をよそに、つかつかと少女たちが座る席に近づくと、持っていたスイカジュースのカップを音を立てて置いた。三人から侮蔑にも似た非難の視線が注がれるが、いつひはどこ吹く風だ。
「ね、ボクもここ座りたいんだけど。どいてよ」
 目配せし合った三人はいつひの存在を無視することに決めたらしい。いつひのことを一顧だにせずぺちゃくちゃとお喋りに花を咲かせ始めた。
「……こういうときマジで武藤くん便利なのに……」
 ぎりぎりと歯噛みしながらいつひがぼやく。今日は連れていないのだ。華日が「違う席を探します! 何を言っても仕方なさそうですし」と声を掛けると、いつひは不満顔で振り向いた。が、華日の微妙に失礼な物言いに吹き出しそうになる。
「はじめにどいちゃったのは良くなかったよぉ」
 努めて冷静を装ったいつひの言葉に、華日は恐縮して小さな声を返した。
「うう、わたしは賀川さんみたいに強くなれないので……」
「ねえ! なんかウザいんだけど!」
 だん、と机を叩く音とその後に机がぐらつく音がした。いつひが振り向くと、三人組の中で一番顔面をキラキラさせている少女が小鼻を膨らませて立ち上がっていた。
「わ、まだ因縁つけてくる! 怖っ、しつこっ」
 口元に手をやり大仰に宣ういつひに、少女はつかつかと近寄る。ヒールを履いている分、いつひより少し背が高いため、僅かにだが見下される格好になった。いつひは挑発するように笑いかけ、口を開いた。どんな煽りが繰り出されるのかと思いきや。
「こわ〜い! スタッフさ〜〜ん!」
 口元に当てていた手を今度はメガホンのように使い、いつひは第三者を巻き込む作戦に出た。視線をあちこちに向けていると、イートスペース外のスタッフと目が合う。キッと音が聞こえるくらい凄まじい形相でいつひを睨みつけた少女は手を振り上げ──、一瞬逡巡する素振りを見せたものの、いつひのスイカジュースをはたき落とした。ぱちゃんと音を立ててスイカジュースが地面に撒き散らされる。いつひの白い厚底サンダルも点々と赤色に染まった。
「えーっ! 最悪では!? 出るとこ出るやつでは!?」
 自身の足元と少女を忙しなく見比べながらいつひが騒ぐ。
「スイカは……落ちないかもです」
 華日が真面目な顔で呟く。この発言はサンダルの汚れを心配したものであり(実際最も効果的なクリーニング方法を導き出そうとしていた)、少女を責める意図はなかった。というのは本人だけの認識であり、「おわぁ、三笠ちゃん結構言うね」といつひが笑ったことで華日は色をなくした。
「あっ、そういう! そういう意味は無くて……!」
 両手を顔の前に上げて激しく頭を横に振るも、後の祭り。三人組の表情は険しく、彼女らとの和解は最早不可能に見えた。油を注いでしまい魂の抜けた表情をしている華日の背後にぬっと人影が現れる。華日が振り返ると人影の顎が見えた。身長が一七〇と少しある華日は男性相手でも見上げることはそう多くない。テントの下で狭そうに背を丸めている男性の胸と腕には「STAFF」の表記があり、騒ぎを聞きつけた会場スタッフだと華日は胸を撫で下ろした。
「どうかしましたかー」
 あまり覇気の感じられない声。撫で下ろしたはずの胸に一抹の不安が広がる。三人組が言い淀んでいる間にいつひが「席トラブルです! 友達が無理矢理どかされたのでボクが怒ったら逆ギレしてきて手の甲叩かれました! 手は赤くなるし持ってたジュースが溢れてサンダル汚れました!」とスタッフに近づいて主張する。確かに手の甲は微かに発赤が見られる。
「ちが──」
「あー、騒ぐなら皆さん揃ってご退場願いますー」
 少女の言葉を遮って、スタッフはその首根っこを掴んだ。大柄な男性に掴まれ、少女は短い悲鳴を上げる。もう片方の手ではいつひが掴まれ、言葉通り二人揃ってテントの外へ連れ出されてしまった。暴れるいつひと固まる少女は客らの好奇の目に晒されながらイベント会場から引き摺り出された。
 イベント特設ゲートの外にぽい、と雑に投げ捨てられたいつひはすぐさま翻ると鬼の形相でスタッフを指さした。
「名を名乗れ! 無礼者!」
 謎の世界観を伴う台詞。面倒くさそうに視線を逸らしたスタッフは、小さなため息を吐くとポロシャツの胸ポケットにしまっていたネームケースを取り出して、いつひに見えるよう突き出した。いつひの言葉に従う辺り、乱暴だった自覚はあるらしい。
寒川笑琉かんかわえみる
 端的に答えた寒川は「じゃあ、あなた達は出禁で。椅子一つであんだけ大騒ぎ出来るのは才能ですよ才能。他のとこで活かしてくださいな」と言い残して踵を返した。その背中に向けて「は!? ボク悪くないのに!?」と喚き声を投げつける。もちろん無視された。こうなったら実力行使してやる、と完全に憎悪の対象がすり替わったいつひの前に華日が駆けてくる。額の汗を拭った華日はいつひと目を合わせた後、さっと頭を下げた。きょとんと呆気に取られたいつひの顰め面が緩む。
「賀川さん、ありがとうございます」
「え? あー……、三笠ちゃんの態度があまりにも弱すぎたからつい。ホントは普通に声かけるつもりだったんだけど。誘ってくれてありがとーって」
 いつひは照れ臭そうに明後日の方向を見ながら華日に伝える。「返信しなかったのは、サプライズのつもり」と続けたいつひがあまりにもいつひらしくて、華日はくすりと声を漏らして笑った。

 ◆◆

 【フロフェスのスタッフやばい】
 タイムラインに乗って出てきた短い動画に、湊叶は一瞬目を疑った。小柄な人間二人を抱えて闊歩する男。身長は二メートル近いだろうか。この振る舞いに武藤重光の名前が頭に浮かんだが、奴は労働などしないだろう、と思い直す。よく見れば髪色こそ似ているものの髪質は重光と違って柔らかめでウェーブのかかったそれだし、肌の色も動画の男は小麦色に近い。「龍◯の◯藤?」などというコメントも散見され、勘違いしたのは湊叶だけではないようだ。
「つーか、これ賀川じゃねぇか……?」
「む? 賀川の動画かい?」
 不意に上から声が降ってくる。一人掛けソファーの背もたれ越しに湊叶のスマホを覗き込んだのは割烹着姿の光汰だ。手には洗い終えた寸胴鍋があり、その中にはザルやボウルなど細々とした調理器具が入っていた。
「アイスのイベント? で賀川がやらかしたのかスタッフに強制退場食らってる動画っす」
「むう。こういう隠し撮りのような動画はあまりいい気分がしないな」
 光汰はほんのりと日焼けした顔に眉間の皺を刻んだ。湊叶が「つか俺だけ休憩もらって悪いっす。手伝います」と腰を上げる。
「いやいや、湊叶はたくさん働いてくれたから休んでいてくれ。もうこの鍋を片付けるだけだから」
 そう言うと光汰は部屋──娯楽室の奥にある物置を指さした。扉には「季節」と大きく書かれた年季の入った紙が貼られている。赤い帽子や鬼の面が垣間見え、湊叶は光汰が『あおばのいえ』で過ごしてきた十三年間に思いを馳せた。
 光汰には災害以前の記憶がない。家族も安否不明のまま、この児童養護施設で暮らしてきた。
 片付けを終えた光汰が冷たい麦茶がなみなみと注がれたグラスを二つ運んできた。それを机に置くと湊叶の向かいのソファーに腰を下ろす。背もたれを使わない光汰を前に、湊叶も自然と背筋が伸びた。
「今日はありがとう。お陰で夏恒例の流しそうめんは大成功だ」
「ちょうど暇だったんで……」
 何度も経験しているはずの光汰の真っ直ぐなお礼。どうしても湊叶は照れ臭くてそっぽを向いてしまう。施設による毎年恒例の夏祭りに招かれ、湊叶の世話焼き気質が存分に発揮された形だ。童心に返り、結構楽しんでしまった。
「湊叶は小さい子や中学生との関わり方が上手で尊敬するよ。俺も見習わなければ」
「妹がいるから、慣れてるだけっす」
 素直になれない湊叶に微笑みかけた光汰は「夜の花火はどうする?」と尋ねた。湊叶が答えようと口を開いたとき、視界の端に娯楽室に入る人影が映った。その人物の正体に湊叶の表情が一気に厳しく、険しくなる。
「こんにちは。昼からしか来られなくてすいません」
 左目に眼帯を着けた相馬大助があの笑顔を浮かべて立っていた。

 湊叶に睨みつけられた大助は困ったように眉を下げる。
「相馬、来てくれてありがとう。その怪我はどうしたんだい?」
 光汰が立ち上がって二人の間に入った。湊叶はふんと鼻を鳴らした後、そっぽを向く。
「ちょっと引っ掛けただけなので平気ですよ。心配ありがとうございます」
「そうか。眼鏡はなくても大丈夫なんだな」
「はい。ゆるい眼鏡なんで」
 極めて端的に答えた大助は次に不機嫌そうな湊叶をちらと一瞥する。
「先輩ってわざわざ大変な状況生み出して、そこで小忙しく働いてる自分に酔ってるタイプです?」
「む?」
 薄ら笑いを浮かべる大助と意味が理解出来ず首を傾げる光汰。湊叶はぼそりと「こいつもう外面とか無くなったな」と呟く。
「それだけ仲良くなったってことじゃない?」
 大助がやはりにこにこ顔で言う。光汰が「そうだな。本音を出せるというのが友情の証になる場合も往々にしてある」と尤もらしく同調し、呆れた湊叶が「そっすね。じゃあ俺も本音で話しますね」と大助に睥睨を向けた。
「帰れ」
「えー。来たばっかりだよ」
 口を尖らせる大助を湊叶は唸りだしそうな顔で睨みつける。大助が胸の前で広げた掌を前後に小さく揺らしながら「どうどう」などと煽るので湊叶は危うく殴りかかりそうになった。すんでのところでまんまと乗せられている、と一呼吸入れる。
「おれは初めっから敵意はないのに」
「敵意のないやつが病み上がりの人間ボコるか普通!」
 路地裏での事件を掘り返し、湊叶は立ち上がらんばかりの勢いで声を荒げた。
「桜庭の中ではそういう認識なんだね」
「傾聴スキルやめろや!」
 犬猿の仲。水と油。二人が出会ってしまうスケジュールで呼び出した張本人である光汰は困った様子で肩を竦めた。途端、光汰を責める瞳が二対。
「いや、すまない。二人とも普段は俺より大人だから……」
「それ理由にならないっす。俺だって無理なもんは無理です。……ただ、こいつが何か企んでたら嫌なんでこいつが帰るまで居るつもりっすけど」
「おれはいつも通りですよ。桜庭が突っかかってくるだけで」
 湊叶を横目で見ながら大助は飄々とした態度で宣う。流石に大助を咎めようと光汰が口を開いた瞬間だろうか。施設の正門方向からやにわに騒がしい声が聞こえてきた。「勝手に入らない!」「警察を呼びますよ」などと穏やかではない言葉が聞こえ、表情を変えた光汰は外に飛び出した。
「行っちゃった」
 大助がぽふん、とソファに腰を下ろす。日高山脈もかくやとばかりの険しい顔をした湊叶がその向かいにどっかりと座る。
「桜庭は羽澄先輩追いかけると思った」
「お前を見張ってねぇとな」
 ぱちぱちと瞬きをした大助は堪えきれない様子で吹き出した。湊叶は不愉快そうに片眉を僅かに上げる。
「あは。それで羽澄先輩に報告するんだ。『相馬がこんなことしてましたよ!』って? 小学生の頃、クラスに一人はいたなあ、先生に言ってやろ、が口癖の子」
「何とでも言え」
 呆れた様子でため息を吐く。大助は目──天色の右目を細めて意外な反応を見る。
「それ、誰にやられたんだよ」
 湊叶が大助の眼帯を指差して尋ねる。とぼけた顔をした大助を牽制するように「肩も庇ってんだろ」と大助に向けている指先を少し下にずらした。
「んーと、ちょっと襲われちゃって。動物に変化する能力を持った星憑きに」
 湊叶に指摘された肩をゆっくりとさすりながら大助は答える。
「へぇ。不意でも突かれたかよ」
「ちょっと舐めてかかったのはあったかな。徹夜明けだったし」
 照れ臭そうに後頭部に手をやりながら大助。湊叶はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 普段は閉められている正門は、夏祭りということで特例的に開放されていた。代わりに警備員が配置されていたのだが、その二人は侵入者である一人の男にしがみついた状態で引き摺られているではないか。制止を無視しているその男は「中の奴と面識あるって言ってんだろ」と纏わり付く大人二人に迷惑そうな視線を落としていた。
「武藤!」
 その様子を見た光汰が僅かに弾んだ声を上げる。それに気が付いた侵入者──重光が動きを止めると「ほら、こいつこいつ」と警備員に指で示す。制止の必要がなくなり、余裕が出来た警備員が顔を上げて重光の指差す光汰を見つめる。光汰が会釈をすると警備員同士は顔を見合わせ「きちんと口頭で説明しなさい」と乱れた着衣を整えて持ち場に戻っていった。「初めから言ってんだろーが」と不服そうな重光が彼らの背中に呟く。本来なら厳重注意と言う名のお説教タイムとなりそうなものだが、何かと厄介そうな人間と関わりたくないのが本音だろう。
「一体どうしたんだい?」
「お前に話があんだよ」光汰に尋ねられた重光がくいと顎で門の外を示す。「変なやつが来た」
「武藤が俺に? 変なやつ?」
 普段あれだけ蛇蝎視されている重光から頼られるとは予想だにしていなかった光汰は素っ頓狂な声を上げて、重光の言葉を繰り返した。
「そ。お前呼べって言ってんの、そいつ」
 重光は踵を返すと一人ですたすたと立ち去ってしまう。慌てて光汰が追いかける。警備員が怪訝な顔をしてそのようすを見ていた。